自分であることを大いに楽しむ

前々回の記事で上昇していたのが落ち着いた、と書いたが、先日ちょっとしたことがあって、今回の記事を書こうと思った次第。

ちょっとしたことの詳細は書けないが、ある存在に乗り込まれ、それが2021年春分あたりまでつづくらしい。乗り込み終了後また個人的に上昇すると言われているが、どうなることやら。(『乗り込み』については記録者スナオさん著「魂の系統」を参照のこと)

ここ最近の心持ちについてはここ最近の記事に書いたとおりだが、今回の乗り込みでさらにパワーアップしており、道ばたに鎮座するお地蔵さんはこんな心境なのではと想像する。と、どこかのお地蔵さんから「あなたほどではありません!」との声。(完全に正気です)

肉体を持った地球人として、ここまでなる必要はあるのかと思うくらいであり、こうなってみると、ちょっと前くらいがちょうどいい按配だったように感じる。

とはいえ、それもこうなったからわかることであり、経験してみないとわからないことだ。経験したからには、伝えつつ記録しておこうと思う。

同時期に4次元や5次元にアセンションした人、アセンションに関係なく意識レベルが同じ数値だったりしても、感覚は人それぞれいろいろだろう。

人生計画(ブループリント)も関係するだろうし、魂の性質や経験してきたこと、今回の生での環境や経験、それによって得た素養など十人十色である。

なので、あたしが「いい按配」と感じることが、みなさんに「いい按配」なのかはわからないというのが大前提。

そのうえで感じることを書くならば、「無、なにもない」になる直前くらいから無になったあたりが、いい按配のように思う。

それは人間界を終了したときである。

あくまでも、肉体を持った地球人としては、ということであり、肉体をでた場合どうなのかは今回でていないのでわからない。

また、「いまは」そう思うだけで、この先どう感じるのかはわからない。

そして、なにもいまが辛いとかそういうことではなく、肉体を持った地球人としてこんなことになるって我ながらどうなのよ、と、必要なことだとわかりつつおもしろがったりしている。

そしてそして、みなさんにたいして、「無、なにもない」状態、人間界を終了することを目指したらどうか、などと言うつもりはなく、感じたことを書いているだけである。

一応その心持ちの記事を参考までに。(この前後の記事にも多少の記載あり)

前回の記事では写真が小さかったのに、同じことをやって今回はなぜでかい。(知らんがな、という声が聞こえます)

ここからが本題なのだが、そんな中思ったことをつらつらと。

我々は魂として誕生し、幾度もの生をくりかえしいろいろなことを経験、体験し学んでいる。

それぞれいろいろな時代にいろいろな場所で、それはもう膨大でとてつもない経験だ。

ひとつの生が終わり戻ってひと休みしつつ学んで、また準備しては新たな生を生きる。魂の旅路は果てしない。

果てしないのだけど、いまの肉体での自分であることは今回一度だけである。

人生計画(ブループリント)に沿って学べるよう両親を選び、精子と卵子が受精して両親から遺伝子を受け継いで母親のお腹の中で細胞分裂をくりかえし成長し、おぎゃあとでてきてその環境で今回の生をスタートする。

それぞれいろいろな環境があるだろうが、懸命に育てられ成長しご縁のある方々に出会い泣いたり笑ったり迷ったりしながら今回の生を生きている。

この今回の生は一度きりである。

次に生まれるときは当然ながら、親もちがえば名前もちがえば容姿もちがう。

今回の生という意味では、よく言われる「一度きりの人生」ということもまた然りであり、それを大切にしてほしいと思うのだ。

このサイトではよく「魂の旅路は今回の生だけではないので、魂の視点でもっと俯瞰で眺めてみては」などと書くことが多く、実際そのとおりだし、そのような視点で生きることが個別化から全体化へ進むことになる(要は生きやすくなる)のでおすすめしているわけだが、なかなか自己認識・自己受容できなかったり、自分のことを好きになれない人が多いので、今回は俯瞰で眺めつつ個別の側面から書いている。

魂の視点でみれば、体験の旅は次の生もそのまた次の生へもつづいていくわけだが、個別の視点でみれば、今回のあなたであるのは一度きりだ。

先祖や親族の遺伝子を引き継ぎ、今回必要な経験を積み、これまでもこれからもいまのあなたはあなたしかいない。この器であることは今回しかない。唯一無二であり、いまのあなたの人生は、どうやったってほかの人は体験できないのだ。

それを大いに楽しんでほしいと切に願う。

自分であることを大いに楽しんでほしいと心から願う。

そして、泣いたり笑ったり怒ったり悲しんだり、複雑な感情を抱きながらいろいろな体験ができるこの地球は、ほんとうに楽しい場所だ。

なんとも遠くから眺めているような感覚のあたしが言うのだからまちがいない。もちろんあたしも今回の体験は今回でしかないと、思う存分楽しんでいる。

なんというか、センチメンタルみたいな気分ではなく、辛い思いをしている人を軽く励ましたいみたいなことでもなく、すべてをわかったうえで事実を書いている。

この時代にご縁があってこの記事を読んでくださっているみなさんが、自分であることを大いに楽しみ、笑顔で過ごすことを心から願っている。

love & peace & thanks & blessing!!!

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