使命の話

前回の記事に書くのを失念したことがある。

きっと鉱物や爬虫類も観察するであろうことをお知らせしておく。(知らんがな、という声が聞こえます)

さて、前回の記事、好きなことやりたいことをする、という話に関連するようなしないようなことに「使命」というのがある。

本日はその話を。

セッションでも「自分の使命はなんでしょう?」とご質問をいただくことがある。

基本的に使命というのは自らが明らかにしていくもので、スピリチュアルガイドさんにお聞きしてもまったく教えてくれなかったり、ヒントだけくださったりという場合が多い。

あたしが感じたことをお伝えすることもあるわけだが、それもわりとふんわりしていたりする。

そういったヒントを手がかりに使命を自ら明らかにしていく過程も、必要な経験や気づきや学びが満載である。

スピリチュアルガイドさんは、なんでもかんでも教えてはくれない。学ぶ機会を奪わないために。

ここで使命についてのあたしの見解を。

我々地球人の場合の魂としての使命、これはもう何度も転生をくりかえしながら「ありとあらゆるいろいろな経験をすること」だと思う。共通の使命だ。

そういう意味では誕生していろいろな経験をしているだけで、生きているだけで、立派に使命を果たしている、ともいえる。

もうひとつ、その人生における使命というのがある。みなさんが自分の使命ってなんだろう、と考えることはこちらの話であろう。

転生をくりかえす中の、一回の人生での使命。これはその人生のテーマと言いかえることもできる。

使命、というと、なにかを背負わされたような、なにかに貢献しなければならないような、なんというか、気合が入る言葉である。

かくいうあたしも、使命がアセンデッドマスターだと判明しこのサイトを作ったわけだが、サイトのキャッチコピーを鼻息も荒く「mission is ascended master」として、いまとなれば若干の恥ずかしさを禁じ得ない。(そんなことだれも気にしていないことも知っています)

それはさておき、こういう記事を読む人は、なにかやだれかや地域や国や世界や地球や宇宙に貢献したいと思っている場合が多い。

なにかやだれかのためにできることをしたい、自分の使命はなんだろう、と。

あたしもそうだったのでよくわかるが、使命、今生のテーマというのはそれはもう多岐に渡る。

その中には、いわゆる使命使命していないものもあろうと思う。

そういう意味でも今生のテーマというほうがしっくりくると思うのだが、たとえば「親族の団結を担う」「放浪していろんな土地に行く」「たくさんの子種を残す」「自らの肉体の限界を追求する」「自然の中で暮らす」などなど、気合いの入った使命という感じではないようなこともあるはずだ。

なにかやだれかの役に立つこと、なにかを成し遂げること、そういったことが使命だろう、使命であってほしい、と思いがちだが、そう高尚でわかりやすい使命ばかりではなさそうだと感じている。

使命に善いも悪いも優れているも劣っているもないわけで、どのようなことでも今回の自分の人生のテーマである、というだけだ。

自分の使命、人生のテーマを明らかにすることは、向かうところがはっきりするわけで、それに向けてあれこれ行動しやすいし、わかればわかったほうがいいだろう。

とはいえ、わからなかったとしても、楽しい人生であるなら深く考えることもないのではとも思う。

肉体からでたあとに、人生計画の答え合わせみたいなことがあり、その人生のテーマはなんだったのかわかり、やっぱりそうだったか!、そうだったの?、などそれぞれいろいろな感想をもつ。それも楽しそうだ。

きっと、明らかにして自覚して進んだほうがいい人は明らかにすることになるし、そうでもない人はそんなことは気にせず生きていく。

誤解のないように、使命を明らかにしようと思い行動しているとか使命が明らかになった人は意識が高く、そんなことを気にしていない人は意識が低い、とか、そういう話ではない。

そんなことを気にしていない人でも、ずっとうまく流れて生きていて、結果立派に使命を果たしていた、などということはよくあるだろう。

実は、気にせず結果使命を果たしている場合のほうが自然なのではないだろうか。すべては決まっているので自然も不自然もないのだが。

自分でそうしようとは特に思っていなかったのに、流れにまかせて気づいてみればこうなった、みたいな人生の人がいる。これといって深く悩んだり思いつめての決断などせずに、そのときの流れにまかせてなんとなく選択してここにいる。

こういう人は、人生計画に沿って進んでいるのだろう。今生の使命、テーマを全うしているといえる。

ポイントは、思考しすぎず流れやタイミングに逆らわずそのときにその瞬間に選択することだ。

これは使命を明らかにして進みたい、という場合でも同じだ。

自らの使命を明らかにするために行動し経験し明らかになったとする。明らかになっても結局は、思考しすぎず流れやタイミングに逆らわずそのときにその瞬間に選択する。

先のことやこっちを選んだ場合あっちを選んだ場合など考えすぎず、そのときにその瞬間にこっちがいい、と選択する。

そのあとに、あっちだったのか?と思うようなことがあっても、まちがえたと思っても、その選択をしたことによる経験が必要だっただけだ。その瞬間に選んだことにまちがいなどない。

というわけで、使命がわからずとも、思考しすぎず流れやタイミングに逆らわずそのときにその瞬間に選択をしていれば使命を果たしていくことになるわけだが、明らかにしたいと思う場合のヒントは、やはり「好きなことややりたいことや興味があること」だ。

その好きなことが使命の直接的なことではなくても、好きなことを楽しんでいたらそっちに流れていく。あれをやっていたはずなのに気づけばちがうことになっていた、みたいに。

あとは、ペンデュラムを使ってみたり、あたしのような者のセッションがヒントになることもあるだろう。

あたしの使命はアセンデッドマスターだと思っているが、実は昆虫観察かもしれない。はたまた、鉛筆を小刀で削るのが好きで前々から木を削りたいと思っているので、もしかしたら木で仏像を作る仏師かもしれない。すごい仏像が作れるかも。(そんなわけない)

自分の使命が明らかになるまでを振り返ると、やりたいことがなかったので内省・内観で自分はなにが好きなのか興味があるのかを知り、そのときにやりたい楽しいと思うことをやろうと決め行動し、ますます内省・内観をさせられて、新たな必要な出会いがあり、転がるように流れ流れていたら、知ることとなった。

明らかになるまでの過程や時間もそれぞれで、焦りは禁物だ。すべては良きタイミングで進んでいる。

魂として存在するだけで、だれかやなにかや地球や宇宙の役に立っている。

地球に生きているだけで、さまざまな経験をして使命を果たしている。

あたしもあなたもあの人もこの人も、立派に使命を果たしているのである。

love & peace & thanks & blessing!!!

2 thoughts on “使命の話

  1. おはようございます。
    お陰さまでペンデュラムでガイドさん達と(たまにガイドさんでない方とも)話せるようになりました。(因にメインガイドさんは厳しいというより実はとても愛らしい方だったと判明)
    今回のテーマの使命について、自分の使命はわかりませんが、エゴは棄てるべき、と強くメッセージをいただきました。
    エゴを棄て、自分を信じて、受け入れて愛をもって自分を見る。

    これが使命なら一生かかりそうです(笑)

    1. はるさん、
      コメントをいただき、ありがとうございます。

      ガイドさんたちとお話しできるようになったとのこと、それはよかったですね。
      学びのためとはいえガイドさんたちや高次元存在も嘘をつきますので、最終的には自分を信じる、です。

      力強いメッセージ、なかなかむずかしいことではありますけど、はるさんの速度で楽しく進まれてくださいね。

      ありがとうございました。

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