本日は「祈り」について。
みなさんは「祈る」ということについてどういう印象があるだろうか。
アセンション前のあたしはというと、たぶん無宗教の日本人の平均的な印象であったと思う。
「なんだか宗教の儀式的なことのような。神社にお参りするとか『神様お願い』と願ったりはするけれど、それとはちょっとちがうようにも思うし」みたいな感じ。
なんらかの宗教に属している人にとっては身近なものだろうが、属していない日本人の場合、だいたいそのような印象なのではないかと思う。
これが、アセンションしたら見事に印象が変わった。意識したわけではないし情報を得たということでもなく、自然と「祈ること」が普通になった。
なんというか、「祈ること」はもともと魂に組み込まれている営みであって、それを思い出したような気分だ。
「祈り」は儀式でも特別なことでもなく、日常に、生活に、自然にあることだ。
日本だけにかぎらず、太古の昔から人々は祈っていた。
日本では、古くからつづいている各地のお祭りはもともとは祈願や祈念のためのものであり、いろいろな公務がある天皇陛下の一番大切な仕事は祈ることだ。(あたしは右でも左でもない。念のため)
神社やお寺にごあいさつ、なにかあれば見えないなにかに向けて「お願い」する、お祝いのときには祝福、お別れのときには餞(はなむけ)、「いってらっしゃい」には家族の無事と安全を、「おかえりなさい」は今日も無事に帰ってきてくれた安堵、「いただきます」「ごちそうさま」は命をいただく感謝、「お疲れさま」は労い、などなど、いろんな意味ですべて「祈り」といえる。
なにげなく使っている言葉の中に「祈り」が込められている。そういう意味では日本語って奥が深くよくできた言語だ。
ぜひとも、なにげなく使う言葉に「祈り」の思いを込めてほしい。
この「祈り」、目には見えないけれど、絶大なる力がある。
上に書いたようなことはもちろん、ご飯を作るならば食べてくれる人の健康や幸せを祈りながら作ると、その祈りが作ったものの中に宿る。モノを作る場合でも同じ。
掃除なら、守ってくれている家にたいする感謝とともに、ここに住む人訪れる人が気持ちよく過ごせるよう祈りながら掃除する。
洗濯だって、感謝とともに着る人が気持ちよく着られるようにと祈る。
仕事でも同じで、このプロジェクトがうまくいくように、関わる人たちにとって良い結果になるように、と祈りながら進める。
接客業なら、お客さんが幸せな気持ちになるように、心が豊かになるお手伝いになりますように、と祈りながら応対する。
そうした「祈り」自体は目に見えないが、その思いはその人からにじみでる。祈りの対象に影響を与えるが、自分にも大いに影響がある。愛ある行動だからだ。
もちろん四六時中ずっと祈れということではないが、その思いがなんらかの形で現われるだろう。祈ってもうまくいかない場合もあるかもしれないが。それが必要な場合は。
もっともっと俯瞰でみて視野を広くした祈りも大切だ。
世界や地球や宇宙のこと。すべての存在が癒されるように。
近くのできごとも遠くのできごとも、良い方向に向かいますようにと祈る。
あたしは毎日、地球と地球上のすべてに愛と平和と調和と癒しと祝福があるようにと祈っている。すべてになので、勝手ながらこれを読んでいるあなたのことも祈っている。
自分ひとりでも祈りの力はあると思っているが、これをたくさんの人たちが同じように祈ったら、そのエネルギーはすごいだろうなと思う。
いまでも祈っている人はいるだろうが、もっともっと増えたとしたら。
なにか特別な存在に向けて、とか、しゃちほこばって考える必要はなく、日常に普通に祈りという営みがあるなと意識する人が増えたらと思う。遠い遠い昔はそうだったはずだ。
自分のために、家族のために、友人知人のために。
ちょっと余裕があったら、隣人のために、地域のために、日本のために。
さらに余裕があったら、気になる国のために、世界中のために、地球のために、宇宙のために。
不安や恐れや疑心暗鬼のエネルギーを、だれかやなにかのための思いやりや慈愛の祈りのエネルギーが上回るよう、切に願う。
いまこそ。
love & peace & thanks & blessing!!!
こんにちは。久しぶりにお邪魔します。
色々な事がわかって以来、放置状態だった神棚をリセットして
日々お供えをし、祈りを続けています(神々を崇めている
わけではなく、ちょっと違った気持ちですがコメント欄
ではなかなか上手く書けません)。
具体的に書くと、また朝を迎えたことに感謝し、高次元存在の
願いとアセンションした人々(意識レベルの上がった人)の
思いがひとつになって大きな力になり、それが目覚める前の
人々の意識にも良い影響を与えてくれることを祈っています。
微力ですが管理人さんと祈りの力を合わせたいと思います。
特別な能力など無くても誰でもできることなので、読んだ方が
祈ってくれるようになるといいなと思います。
ちょっとしたことに深い繋がりを感じた結果、よい波動になる
ことが感謝(祈り)といった感覚があります。これは半年前
までは希薄でしたね。
a-wiさん、
お久しぶりです、コメントをいただきありがとうございます。
a-wiさんも祈ってらっしゃるとのこと、勝手に心強く感じます。
祈りって生活の中にあるとても普通なことですよね。
なににどうだ、とか、やり方などは関係なく、愛や感謝や思いやりや慈愛を、自分を含めたすべての存在に祈りで届ける人がもっともっと増えたなら、多くの人の心が温かくなるだろうなと。
祈ることは心地良いですよね。
コメント、ありがとうございました!
日々、不安材料の多いニュースの中、こちらのブログはものすごく心の栄養になります。ありがとうございます。今日はまず自分の心を愛で満たし、祈りを捧げたいと思います。本当に、ほっこりしました〜^ ^
るんこさん、
コメントをいただき、ありがとうございます。
そのように言っていただき光栄ですし、少しばかりでもお役に立てているならとてもうれしいです。
祈ることはなによりも自分がとても心地よいですものね。
るんこさんも昨日心地よく祈られたことと思います。
祈る人がもっともっと増えるといいですね。
体調不良、少しは癒されたでしょうか?
るんこさんの体調が癒されるよう、勝手ながらお祈りしています。
コメント、ありがとうございました!